その日暮らし編
2023年9月1日〜
12月 | 11月 |
10月 | 9月 |
9月11日
piano reduktion ピアノリダクション
バッハ手書きの楽譜全集 BCW (バッハ カンタータ ウェブ)
には欠けている楽譜がある。BWV2は楽譜がない。他を探していたらmusescoreが募集している楽譜サイトにあった。
それをダウンロードして使い始めると、通奏低音の部分にpiano redutionとあり、新しいmusescore4 で使える。musescore3ではできない。、
バッハは通奏低音を曲全体の土台と考え大事にしていたが、単旋律で、今の人は単調に思われるかもしれない。、、
多くの場合、通奏には、和音のコード番号をつけたものもある。
ピアノリダクションはこの通奏低音部をピアノ楽器の豊かな表現を試す試みで、大変華やかな通奏低音になる。全曲そうするつもりはないが、BWV2はピアノリダクション、実験的にやってみよう。
6月10日
指紋が薄くなって
前任校の終わり頃、文科省の教育改革の支援だったと思う。会議をペーパーレスにして「無駄を省く」に該当して、支給され、iPadを使うようになった。机に入れて、その時だけ使っていた。iPadを返還する退職の時が近づき、もうちょっと使い方を身につけようと思ったのが、本当の始まりで、自分のiPadを買って、あれから8年、今はなくてならぬものとなった。ところが、年を取ると指紋が薄くなって、文字書きやコピペの範囲指定が難しくなったこと。ウクライナ戦争以来、世界的なデジタル危機の中で、個人認証、個人情報保護は危機に晒された。指紋認証、パスワード書き込みができる人は問題ないが、指紋が薄い人は深刻ではないかと思う。さらに、指でタップして文字を書くと、間違いが多くなったように思う。見直しの時間がかかるようになった。初めは単なる老化・ボケと思っていたが、指紋の欠如の問題と思うようになった。
最近、VISAカードがパスワードレスを推奨している。まだ説明を読んでないが。読みたくない。パスワードなくなるだろうと思っていたが。もう、そこまで来ている。先日、パスワードを3回入れて、拒否されて、シャットアウトになったので、新しいパスワードで再登録して開通した。時代の代わりように不安と不信が深まることはあっても、希望的な感触は到底望めないようだ。指紋の薄い人はこんな扱いをされているのだ。
個人情報は個人か知らない間に、支配者に晒されて政治にいいように使われて、いつのまにか家畜の飼育のように、さらに近代的奴隷状態になって、先人が築いた自由、人権、独立の基礎を破壊しまくっているのではないか。これがマイナカードを扱う政権への不安の根源となっている。
9月8日になった。 今日は階段登りしなかった。 |
CeViOの五つの音声登録認証番号を一覧表示ができた。☑️ 探したり間違いを避ける方法を試している。 |
今日はBWV2番。2,6曲はほぼできている。各部の音量調整に時間を。1,6合唱を聞いて よければocheを合わせる。 あと、1,2,4,5計4曲、歌詞は同じ繰り返しで、ない。 フーガとか新しい可能性を試しているようで、その点から興味を持っている。雑多なパスワード、 |
夕食後再度、パスワード変更作業をしたが、苦労して登録項目を書いて終わり、一旦終わって、改めて引き落とし情報を見ようとしたら、繋がらず、苛立ち頂点に達した。30分ぼどしてメールに再登録ができました。と来た。それでよかったとだけど、VISA脱出したい。最近のこんな気分は嫌だ。
CeViOサポート
CeViOサポート 0905 火
アルトの歌声作成ソフトONEの設定番号の末尾がZのところ2と間違っていという指摘を受けて、解決できたお礼を書いたら、とても喜んでいるとのメールが入っていて、よかった。2年前にDELLのPCを買った時改めて設定の全てをやり直しして大変だった時、今回と同じ質問をして解決していたメールを見つけて、間違えないようにしようと思った。
今日の言葉180 mp4完成、後、前奏mp4。minichap表紙。 9月5日
団地の階段
0904 月
ビン類ゴミ捨ての帰り、1~2,3~4登ってエレベーターで帰った。徐々に増やしていく。
午前中 BWV歌詞、解説pdf リンク確認 minichapはいいけど、fc2.のpdfリンクが繋がらない。時間がかかるのかも。午後からBWV02〜6を終わって2-2に入った。この曲は一つのコラールメロディをあれこれ変化させているようで、面白い気配がする。
9月4日 月曜日
団地の階段 ビン類ゴミ捨ての帰り、1~2,3~4登ってエレベーターで帰った。徐々に増やしていく。
午前中 BWV歌詞、解説pdf リンク確認 minichapはいいけど、fc2.のpdfリンクが繋がらない。時間がかかるのかも。午後からBWV02〜6を終わって2-2に入った。この曲は一つのコラールメロディをあれこれ変化させているようで、面白い気配がする。
団地の階段
0903 日
団地の階段3階に降りて、7階まで4階のぼった。
1日1階づつ増やして、13階は2階づつ東の階段から西階段に移動して
7回繰り返したら14階ー一セットとして、増やしていく。無理がなくてトレーニングできると思う。
怠けないで。3時ごろがいいかも。今の所、こうすれば足かつるようた負担はなく、徐々に筋肉がつくのかなあと期待している。徐々に無理なく成功したい。9月3日 日曜日
ロシアのウクライナ戦争
0903
生きるか死ぬかの覚悟を決めたウクライナの状況分析と作戦とユーロNATO諸国の支援により、遂に南部のロシア占領地を押し戻し、ウクライナの領土が戻ってきつつある。つまりロシア軍の存立を脅かす決定的な段階が近づいているという、ウクライナ情報筋の希望に満ちた報道を嬉しく思っている。
ここでトルストイ(戦争と平和)とドフトエフスキー(カラマーゾフの兄弟)が描いている「ロシア」によって、現在のロシアを理解することができる。
「戦争と平和」でトルストイは559人の登場する人たちを、彼が希求する平和を目標軸にして「人の幸福は皆同じように見えるが、不幸はそれぞれであって一つとして同じものはない」と、男社会の軍関係の個々人の生い立ちから出世、また脱落、戦死を描き、その父母兄妹に及ぼす悲しみの連鎖を描いている。
ナポレオンの侵略による危機の中での、ロシアをテーマにした「戦争と平和」。それは第二次大戦のナチスドイツの侵攻によって繰り返されている。ナポレオンとナチス、どちらも補給を想定せずに冬を迎え、動けなくなった指揮官の失敗と言える。3日で決着すると軽く見たプーチンのロシア補給が枯渇し、ウクライナは西側諸国からの圧倒的援助で凌いでいる。
ドフトエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」の物語を、ロシアの原像を描いたものと気付いたのは、ずっと後のことだった。主人公はアリョーシャと言えるかもしれないが、下僕のスメルジャコフもロシアを構成する要素と見れば、ロシアの諸要素を各人がになっていると言える。父親は歴代の為政者であり、長男次男三男と後継争いが火山の火種のように沸々としている。父親殺しの犯人は誰か。
また、作品は変わるが、鬱々とした大学生の強盗殺人事件に構想をえた「罪と罰」では、金貸老婆のゴキブリのような国家的な無駄な存在を、主人公である貧困な学生の、将来社会に恩返しして弁済すれば、許されると言った、強盗、老女殺し、その瞬間から、甘い自己中心的な考えと、殺してはならないという絶対的な掟が後悔となって湧き上がり、主人公を責め立てる。純真無垢な娼婦ソーニャの勧めによって、自首し、シベリア流刑の刑を受けて帰ってくる。ロシアの民族性という限定を超えて人間性を描いている。
さて、カラマゾフ一の兄弟の物語は、ロシア正教の長老ゾシマのながーい説教で終わるのだが、その中にキリストの再臨の話が出てくる。ロシアの未来像ですね。そのキリストがなぜかスペインに現れる。2000年前のように、人心を奮い立たせるが、再び十字架につけられるようなことになって、この辺のところは記憶が曖昧で分かりませんが、
言い方を変えると、要するに、世界は再び終末的状況に直面し、キリストの再臨と十字架を必要としている、いわば死の状態に陥っているのである。
ウクライナには国民的な自己決定、基本的自由、連帯への渇望が手に取るように見える。
が専制独裁のプーチンロシアにはそれらは皆無という絶望が蔓延している。
世界の絶望に、キリストの再臨が必要かどうかは知らないが、古代帝国復帰の願望と専制独裁はこの機に、絶えてなくなつてほしい。真実の隠蔽と偽情報が、こんなに発達した情報社会にいつまでも君臨し続けることがあってはならない。みんな軽く信じるな、騙くらかすものどもを見抜け。と言いたい。 9月2日 土曜日
筋肉作り
0902 土
西鉄ストアでバナナ、りんご、栗まんじゅう、牛乳各1個。輸入雑貨店で紅茶二つ。
西口から帰った。 エレベーターで5階で降りて階段登って帰った。
この頃、真面目に筋肉作りを意識している。裕登君が泊まりにくるので竹下駅に迎えに行って、往復した夜 足がつって、両足共に大変痛かった。気持ち的には、なんのそのだったのに。筋肉の綿状態化にちょっとは危機感を覚え、数日は慎重になってて、計画的に筋肉作りを考えることにした。
九月になってしまった。🚶♀️パン屋さんに行って、帰りに団地6階で降りて歩いて登ってみた。
こういう組み合わせで、ワタのような足の筋肉を到達目標立てて筋肉化する。腰足関節はラジオ体操とスクラットしているのでかなり柔らかい。9月1日
旧式ブログコーナー
0901
お盆が過ぎて、微妙な朝の涼しさに、もう秋だなぁと思ってしまったが、どうもそうならないようで、10月いっぱい暑いとかーどうしよう。
夏と冬とどっちがいい?と言えば、寒がりのわたしは、夏がいいと言ってきたが、こんなことでは夏の方がキツイですねー。何かにつけて水分を忘れないように飲む。ちょっとずつ。
BWV49行ってあなたを慕い求めるの第6曲
0901
今日はBWV49の6曲をほぼ仕上げて、歌詞の調整をした。第3曲は、朗唱とアリオーソで、花婿なるイエスをバスが4分の4拍子で、花嫁なる魂をソプラノが8分の3拍子で歌い、対話する。小節の途中でも拍子が変わっていることに、気づくのが遅くなって、大変混乱したがなんとか乗り越えた。また花婿と花嫁の役の入れ替わりも混乱した。
考えてみれば、イエスは花嫁に呼びかけ、魂役のソプラノは花婿なるイエスに呼びかける対話となっている。
婚宴のたとえを歌った曲で宴の準備ができたのに花嫁がまだ来ていない。その時を待ち望む信仰
ソーメンのように
0901
いつか、島鉄に乗って、島原城を中心に散歩したことがある。城内の小さな放し飼い枠の中にいるヤギとひと時を過ごして、城門の近くで具雑煮を食べた。白土湖まではいけなかったが、そこから流れでる音無川のそばの島原教会(現日本キリスト教会)の前で幼い子どもたちと写真を撮ったことがあったので、ここはパスして)全体で2時間ばかりにして帰ることにした。
と
島原駅でお土産のソーメンを買った。それが食べると大変おいしかった。極限の細さで。いつか、島原の食材ルポでソーメンを作る場面の取材があって、40cmばかりのかたまりを上下の棒にかけて、上下4mに引き伸ばしていくまるI日がかりの作業をみた。それで、手をかけただけおいしいんだなぁと改めて思った。このようなソーメンに愛着を覚えソーメンのようにと言うフレーズがわたしの中に場所を占めるようになった。細麺に3段階あって、わたしはその中の極細麺でもいい。細々の中で味わい深い日々を刻んでいこうと思っている。
眉山 島原
諫早.鎮西学院で17年暮らした。
2012年にはACTH分泌低下症という診断で治療法のない特定疾患患者になった。立ち上がることも無理という時があって、歩けるけど2階に登るのはちょっと、となり、ゴミ出し、買い物辛いなぁとなって、細く生きていた。
心配した子どもたちが福岡の近くに来たらと言ってくれて、引っ越しを考えるようになった。お世話になっている大家不動産を訪ねて、引っ越しの段取りと諸注意を教えてもらって、賃貸と住宅公団の空室を探すようになって朝晩iPadとにらめっこをしていた。大家さんによると、決まるまでは人に言わないということで、買い手に鍵を渡すまでは言わなかったので、引っ越しますと言った時、諫早教会の人たちをはじめびっくりさせてしまって申し訳なかった。
旧大橋団地を壊して14階建にした3棟の、2号棟を見学して、話は急速に進み、6月の梅雨が開けきれない寒さの中、引っ越をした。家の買い手に私たちの鍵を渡す時が来て、諫早に向かい、その日は島原で1泊した。その旅館はパンダ模様のやぎが有名らしく、親しげに近寄ってきたりして、なんだかホッとした。
翌日、島原外港から高速船に乗って、大牟田につき、西鉄電車で大橋下車、超暑い日で駅から家まで熱風に呼吸を堪えながら、なんとか一仕事を済ませた。島原外港で船の中から写した眉山を描いた。
江戸時代の大地震でできた山だそうで、いつ崩れるのかわからない不安と地震の記憶をたたえているようだ。当時、「島原大変、肥後迷惑」と言われ、熊本の人たちは迷惑とうけとっていたようである。
今、わたしの住んでいところは西鉄沿線の春日原まで断層が走っていて、福岡の地震の時は、激しく揺れて、その2年前に建った2号棟も被災した。最近、地震のひび割れの補修がされていた。
災害がいつ起こるかわからないことを理由に、原発の後処理を放置したり、廃棄物を太平洋に拡散して、世界の顰蹙を買うようなことは、とても政治家のすることではない。国民の80%はそう思っているだろう。