BWV 36 喜び高く舞い上がれ パロディ

  BWV 36 「喜び高く舞いあがれ」4曲    パロディから再生へ      バッハは気に入った曲を再利用して別の曲を作っていた。 

多い時は本曲 BWV36「喜び高く舞いあがれ」のように計4曲も作った。
この4曲は「パロディ」と記されている。
wikipediaによると「パロディ」は、他者の作品を模倣,作り替え、盗作,盗用など、
著作権侵害という悪い意味で使われることが多い。とある。バッハは自分の曲を盗作などしないけど,
と思った。
そこで、パロディと扱われているBWV 36の4曲の一群を検証する。 BWV 36の原曲は失われてない。!
が、原曲から再生、再利用,リサイクルした曲は3曲ありa.b.c.で区別されている。
再生された BWV 36 a.b.c. の楽譜、構成、歌詞の共通項と違いを検証すると
原曲がほぼ判明する。

それでは、初めにライプツィヒ大学管弦楽団と合唱団による下記の二曲をご視聴ください

      #BWV 36   ライプツィヒ大学管弦楽団と合唱団による 動画
BWV36a喜び空に舞いあがれ    全9曲
1726年11月30日  アンハルト・ケーテン候レオポルトの2番目の妻、
候女シャーロット・フリーデリケ・アマリア の24歳の誕生祝
BWV 36b    喜びがわきあがり全8曲
1735年 ライプツィヒ大学学長に就任した
ヨハン・フロレンス・リヴインス(Rivins)の就任祝 学生が学長賛歌をささげる
光景が再現されている。

  

 では、次にBWV 36 a.b.c. の情報を一覧表にしています
日本語歌詞のBWV 36 a.b.c.の各曲の青色の下線付き文字列を押して視聴できます。
各曲の歌詞を横に読んで共通部をチェックする。
第1曲、第3曲、第5曲、第7曲は楽譜が同一です。歌詞がかわります。
これらの共通項から、原曲が再生、リサイクルされてことが判ります。

 

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バッハ パロディ 再生曲

パロディ

バッハは気に入った曲を再利用して別の曲を作っていた。
多い時は本BWV36「喜び高く舞いあがれ」のように計4曲も作った。 この4曲は「パロディ」と記されている。
wikipediaによると「パロディ」は、他者の作品を模倣,作り替え、盗作,盗用、許可なき引用など、 著作権侵害という悪い意味で使われることが多い。とある。バッハは自分の曲を盗作などしないけど,と思った。
そこで、パロディと扱われているBWV 36の4曲の一群を検証する。 BWV 36の原曲は失われて!ない。が、原曲があった時、再利用した曲は3曲ありa.b.c.で区別されている。表にすると次のようになる。

ーーーーーーーー

[ 36 喜び 高く舞いあがれ 全8曲 ] 不明

36a 喜び空に舞いあがれ   全9曲 結婚祝

36b 喜びがわきあがり    全8曲 就任祝

36c 喜び高く舞いあがれ 全9曲 誕生祝

ーーーーーーーーーー             ーーーーーーーーーー

問題はBWV 36の原曲が「ない」と言うこと。  晩年のバツハは眼の病気で二度手術をしたが、かえって死をはやめ、亡くなると、仕事場を次期カントールに明け渡さなければならず、楽譜,書籍一切が運び去られた。  ある人が肉屋の包み紙に使われていた楽譜を発見し、まとめて買い取った。(小説バッハ、フランク,佐藤牧夫訳,1971、音楽の友社)。

と言うように,散逸した楽譜は長年かかって集められたが、多くが失われた。

1723年にトマス教会カントルに就任したバッハは、最初に、3年間1サイクルとする教会暦により、彼のカンタータ形式(6~8曲、15~20分の持ち時間を説教の前と後に分ける形式)を確立し、3年分を作り,その後の基礎にした。

バッハは年間60曲のカンタータを作曲し,演奏した。すると、在職27年x60曲=1200曲となる。が、現存する220曲はあまりにも少なすぎる。

BWV 36 喜び高く舞い上がれは不明であるが、彼が再利用した曲をよく見比べると原曲の大半はわかる。

パロディとして作られたBWV a.b.c.三曲の共通項を3点ほど上げよう。
1.歌詞を抜いた各曲の楽譜は、ほぼ同一である。

2.構成:アリア 第3曲アリア、第5曲アリア、第7曲アリア

3. 朗唱:第2,4,6。朗唱は、結婚,就任、記念など目的が異なるので、いくつかのパターンで歌われる。

このように元曲を再利用して作られたことが認められる。

次に、失われたBWV 36を再建してみよう。


原曲

 0.BWV36  喜び高く舞い上がれ  (Schwingt freudig euch empor)

本曲BWV36は、原曲の所在は不明となっている。

構成 ————————-

共通の楽器: オーボエまたは,フルート、 1,2バイオリン ビオラ 通奏低音(ビオロンチェロまたはオルガン)
ボーカル:ソプラノ、アルト,テノール,バス

譜面: 共通楽譜 ————-
1、BWVa,b,c,の三曲は歌詞抜きの楽譜はほぼ同じ。

2.曲の構成 第1曲合唱、第2曲朗唱、第3曲アリア、第4曲朗唱、第5曲アリアと合唱、第6曲朗唱、第7曲合唱・コラール、第8曲合唱。は第9曲がある。

第1曲と第8曲は103小節の大きな大きな合唱である。
ここでにBWVa,b,c,の骨格がある。

2、第2曲、4、6曲の朗唱は、10小節、約1分の短いソロで、聖書のことば、誕生、結婚、就任などの内容をうたう。ギリシァ古典演劇に見られる口上や進行なとの伝統の形を継承している。

3、第3曲アリアは200小節、5~6分、「愛は優しく歩み寄り」など、
短い歌詞をフーガで繰り返し,それをさらにダ・カーポで繰り返し2倍にする。他に、第3曲、5曲、7曲、9曲。高音やメリスマなどソリストの技量が求められる。

4、第4曲朗唱、原曲BWV 36のように通常礼拝のカンタータは朗唱は教会暦に定められた聖句の中から歌詞を作る。1分未満、10数節。
————————————–

(以下、BWW36a,b,c,そして原曲の順)

  1.BWV36a   喜び高く空を舞う  (Steigt freudig in die Luft)
1726年11月30日
アンハルト・ケーテン候レオポルトの2番目の妻、候女シャーロット・フリーデリケ・アマリアの24歳の誕生祝。歌詞は、ピカンダーの1727年刊の著書「Ernst-Schertzhaffte und Satysche Gedichte,Teil1」の中の「Steigt freudig in die Luft.」
アンハルト・ケーテン 侯爵、侯女
 2.BWV36b   喜びが湧き上がり  (Die Freude reget sich)
1735年ライプツィヒ大学学長に就任したヨハン・フロレンス・リヴインス(Rivins)の就任祝

1723年に着任し、毎週のカンタータ作成と結婚式や葬儀のための作曲演奏と多忙であった。この仕事の上で、よき理解者と助けは命綱のように大事だったと思われる。このBWV 36の三曲のうちの2曲はそのような人脈の深さを感じることができる。Philuris (フィラリス)-Lyre lover (竪琴
愛好家)?Law lover

BWV36c  喜び高く舞い上がれ

1735年10月
すでに1730年にトーマ学校70代校長に就任していたヨハン・マティウス・ゲスナーの40歳の誕生祝
 3.BWV36  喜び高く舞い上がれ  (Schwingt freudig euch empor)

BWV36 喜び高く舞い上がれ

036_01-300x169.jpg 1736ライプツィヒ
待降節1
ローマ13:11-14
————————-
1725年の原曲を元に
歌詞台本;ピカンダー
1.3.5.7,パロディ)

1725年の待降節に「喜び高く舞い上がれ」はイエスの誕生を待ち望む人たちの舞い上がる喜びを表した曲である。この日,教会暦に指定されたイエスのエルサレム入城は受難節の記事であるが、ホサナの歓喜の声に迎えられるイエスは(マタイ21:1-9)、誕生を準備して待つ待降節第1日曜日の礼拝に用いられた。

これに、今こそきませ,異邦人の救い主(1524年ルター)よりコラール「いざ来ませ異邦人の救い主を」更に、「あなたがたは今がどんな時であるかを知っています。あなたがたが眠りから覚めるべき時が既に来ています。今や、わたしたちが信仰に入ったころよりも、救いは近づいているからです。」(ローマ :  )の聖句を朗唱。

「一行がエルサレムに近づいて、オリーブ山沿いのベトファゲに来たとき、イエスは二人の弟子を使いに出そうとして、 言われた。「向こうの村へ行きなさい。するとすぐ、ろばがつないであり、一緒に子ろばのいるのが見つかる。」(マタイ21:1-9)のイエスのエルサレム入城を待降節のイエス誕生のテーマに重ねている。

聖トマス教会

バッハの楽譜
トマス教会カントルになる前と後では、楽譜の書き方が違うのではないかと思うようになってきた。
ワイマールやケーテン時代に書いた祝祭曲やカンタータは、トマス教会音楽監督に落ち着いて、礼拝説教前後の合計15~25分の持ち時間で、1・合唱,2,朗唱,3,アリア、4,朗唱,5,アリア,5,コラールという定式では楽譜は新しい形式になっていった。それは、聖書解釈さえわかれば計画的にでき,扱いやすい。
しかし、教会外で演奏する式典,葬儀,追悼、就任式、マリアの祝日、ヨハネの洗礼、聖ミカエルの祝日、宗教改革記念日などは、短すぎたり、長すぎたりまちまちで,その半分は「世俗音楽」と言われている。また、トロンボーンの元祖トロンバや羊の角発祥のホルンの元祖コルノ・ダカッツチャなどが入り賑やかになる。しかし、通常の礼拝では、素朴なアンサンブルが組まれた。
「小説バッハ」によると,小さい頃父バッハの音楽を世俗音楽かどうかと議論する人たちがいて,家に帰って父に言うと、父は怒って、「世俗」とか「聖なる」って、今後言ってはならない、と強く言われた。それではなんと言えば、良いのですかと聞くと、「命の音楽(viva musicaだったか?)」というエピソードを書いていた。(「小説バッハ」フランク,佐藤牧夫訳 、音楽の友社,1971)本曲BWV36c ピカンダーの誕生祝いのカンタータは、は何度も書き直しただろう、 全120小節、約4分くらいの曲だが、4/4小節の流れの中に、「2/2拍子、テンポ110の小節に変則的に一つまた二つと挿入」されて、musescoreという楽譜作成ソフトは問題なく受け入れるが、次の日本語歌詞を歌わせる。段階で使うCeViO(チェビオ)は、4拍の中に2拍という変則的な挿入を拒否する。この原因がわかるのに二日かかり,その対策に1日かかった。3回諦めて、別の曲に変えようと決心して、夜中に、別の種類の楽譜で試してみてはと言う閃きがあり,Mxlミュージックファイルでやってみたり,またべつのcap.ファイルを試したがダメだった。最後に癖が強いMidiファイルに歌詞群をコピーして良かったので,ochestra群を分けてコピーしたら,うまくいったかもしれない。と言うのが昨夜の段階で,今朝どうだったか確かめることにしている。聴いてみると前よりスッキリしていい音になっているので、成功であって欲しいと言うところです。

結婚式カンタータ

  結婚式カンタータ      
正しい人に光さし出で BWV195 しりぞけ物悲しい影   BWV202 喜び高く舞い上がれ  BWV 36c 尊きレオポルト殿下よ BWV 173a クォドリベット

 シャガール

結婚式カンタータ 34a,120a,195,196,197,202,210,216
正しい人に光さし出で BWV195
1732、1745 結婚式 基本コラール パウル・ゲルハルト 「いざこぞりて感謝し、栄光を帰しまつれ」(1647) 本曲はバッハの最後期の結婚カンタータの一つである。
初期稿は1741年9月11日に挙行された、法律顧問でナウムブルグ市長であったG.H.Bingとトマス教会の牧師の娘エレオノーラ・シュッツ(ハインリッヒ・シュッツの姪)の結婚式で演奏されたと推定される。歌詞は、新郎新婦を暗示する表現を用いているが、本曲は「正義(Gerechtigkeit)」ということばから新郎が法律家であったことがうかがえるとしている。(バッハCD全集、坂崎 紀) 「正しい人」(Gerechten義しい人たち)について 本曲に4回でてくる。「義しい」は神に,道徳的、法律的正しさというより、神に対する誠実、おそれ敬う敬虔からでてくる態度や行為と考えられている。新郎と新婦は、神の前に誓いを立て、結んだ契りを、神は祝福して、結婚生活をスタートして、終わりの完成に導く。歌詞からこういう内容を読み取ることができる
しりぞけ物悲しい影よ BWV202
成立年代は不明で、親しい知人の結婚式を祝うための作品であったと考えられている。全9曲からなり、ギリシャ神話を題材にした上品な作品で、ソプラノ用の独唱曲であることから、数多くのソプラノ歌手が挑戦してきた作品である。
成立年代は不明で、親しい知人の結婚式を祝うための作品であったと考えられている。全9曲からなり、ギリシャ神話を題材にした上品な作品で、ソプラノ用の独唱曲であることから、数多くのソプラノ歌手が挑戦してきた作品である。 成立はもっと古く、ケーテン時代(1717年 – 1723年)に遡るといわれている。さらに遡ってヴァイマル時代の作品である可能性を示唆する学者もいる。 (wikipediaより)

バッハのカンタータについて

# カンタータの歌詞の成立について

  はじめに

バッハの約200曲の「カンタータ」を和訳で視聴しようとして、作業を始めた。
2018年に始めYoutubeに投稿し、半分ばかり済ませて,これから聳え立つこの山をどんな思いで登っていくのか?と思った。わたしは歌詞和訳の難しさに戸惑っていた。

一、通常礼拝のカンタータ

バッハが1723年にトマス教会音楽監督(カントル)の職について、3年かけて,一定の決まりを持つ通常礼拝のカンタータを確立したことが分かった。

作り上げたカンタータの定式は、1,合唱,またはシンフォニー、2,聖句朗唱、3.アリア、(2,3,は繰り返しあり)、終曲,コラール合唱。・説教の前後に分かれて、計15分~20分。トマス教会少年合唱団(変声期前の少年)が歌うので、歌詞は難しくはない。また、歌う主語は会衆に移り「われら」の賛美,祈り,願いとなる。

ニ、特別礼拝のカンタータ 祝祭曲

ところが、その定式に当てはまらない特別礼拝のカンタータがあって、歌詞の翻訳が難しい曲はこちらにあった。宮廷や城教会での祝日や式典など個別のテーマがあって、持ち時間は30分-40分。自ずと歌詞は長い。

1.マリアの祝日、大天使ミカエルの祝日、宗教改革、市参事会会員交代式,結婚式,葬儀、2.ワイマール,ケーテンの宮廷ーまた城教会礼拝のカンタータで,その特徴は歌詞の言葉が一人称の「わたし」、また、常設合唱団はなく、コラールはソロで歌った。このような特徴が見られる。歌詞和訳の難しさがこの辺にあると了解した。

三、カンタータ ブログ

そこで、曲をグループに分けて、ブログにし、同じ特徴,またはバッハが採用した作詞家、作曲家、また、ソプラノ、アルト,テノール,バスのソロカンタータのグループというように分けて,ブログとして視聴すれば、カンタータの別の光景が展望できると想定しています。

上のように整理して、新たなチャレンジに挑みたいと思います。

※PCモニターをアイリス・オオヤマの23インチに変えた。日本製ですっきりして気持ちいいです。気分を一新できるかも。(20240316)

ソロカンタータ:アルト

アルト 5曲

BWV35 54 82 169 170

BWV35 54 82 169 170

BWV35 54 82 169 170

BWV35 54 82 169 170

BWV82 われら満ち足りている

1727年2月2日
マリアの潔めの祝日
ルカ2:22-32

バッハはほかに83,125,158,161,200番の6曲を作っている。
この日の聖書箇所生後八日がすぎて、子を聖別するためにエルサレム神殿に詣でた時、主に会うまでは死なないといわれていた老人シメオンに会い、シメオンは幼子を抱き、神をたたえた。
この個所から、シメオンと共に生きる喜びを知り、彼と共に去りゆかん・・・という言葉か歌われる。
第3曲 まどろめ、つかれたまなこよ、は最も親しまれたバスのアリア。
フェルマータによって何度も中断される「ゆりかご」のリズムが特徴を出している。

BWV35 54 82 169 170

BWV35 54 82 169 170

BWV170 満ち足りたやすらぎ

1726年7月28日
三位一体後第8主日 初演
マタイ5:20-26山上の教え ローマ6:3-11キリストの死によって罪に死んだ

アルト独唱 フルート、オーボエ、弦、通奏低音
歌詞 G.C.レームス

ソロカンタータ:ソプラノ

ソプラノ 5曲

BWV199 わが心 血の海を泳ぐ

BWV199 わが心 血の海を泳ぐ
1714年8月12日ワイマール版
1723年8月8日
三位一体11 ライプツィヒ
ソプラノカンタータ

歌詞 G.C.レームス
使用コラール 「われいずこに逃れるべきや」(J.ヘルマン1630、3節)
当日の福音書にある取税人の祈り「神よ、罪びとなるわれを憐れみたまえ」から作られ、前半は罪の意識なさいなまされる人間の開墾、後半はキリストの十字架の傷に救いの慰めを見出した喜びを語る。バッハは合唱を欠き、全曲ソプラノだけが歌う限られた編成であるが、学窓の変化や、楽器の用法によって多彩な効果を達成している。(カンタータCD全集西原稔)

BWV52  私は偽りの世を信じない

初演1726年11月25日
三位一体節後第23主日
聖句 マタイ22:15-22「皇帝のものは皇帝に、神のものは神に」

 

BWV82 われら満ち足りている

1727年2月2日
マリアの潔めの祝日
ルカ2:22-32
バスのソロ

通奏低音
2月2日のマリアの祝日にもバッハはほかに83,125,158,161,200番の6曲を作っている。
この日の聖書箇所生後八日がすぎて、子を聖別するためにエルサレム神殿に詣でた時、/主に会うまでは死なないといわれていた老人シメオンに会い、シメオンは幼子を抱き、神をたたえた。/
この個所から、/シメオンと共に生きる喜びを知り
彼と共に去りゆかん・・・/という言葉か歌われている。
第3曲/まどろめ、つかれたまなこよ /は最も親しまれたバスのアリア。フェルマータによって何度も中断される<ゆりかご>のリズムが特徴を出している。

BWV199,52,82,84,51

 

BWV51 全地よ神をほめたたえよ

1730年9月17日推定初演
三位一体15
マタイ6:24-34 山上の教え
聖書 ガラテヤ5:25-6:10 霊における誘惑の戒め

使用コラールはヨハン・グラマンの「いざ主をたたえよわが魂よ」を基にし、ソプラノのためのカンタータであり、全曲にトランペットをいれて「ほめたたえよ」を強調している。

ソロカンタータ:テノール/バス

 

テノール

BWV55 わたしはあわれな罪の僕

1726年11月17日 三位一体22
聖書 フィリピ1:3-11
マタイ 18:23-35(悪い僕の緋勇
テノールのカンタータ

あわれな僕の罪の深さ(1,2曲)に対して
憐れみたまえ(3,4曲)と神の憐れみを説く。
本曲はネ2年後の「マタイ受難曲」のペトロの
否認(38)のあとの「あわれみたまえ」(第39曲)のアリア、
そして、第40曲の同一曲のコラールで再現されている。

 

バ ス

バス 2曲

BWV56

BWV 82 われら満ち足りている

1727年2月2日
マリアの潔めの祝日
ルカ2:22-32

バスの独唱、オーボエダカッチャ、バィオリン、ビオラ、通奏低音
2月2日のマリアの祝日にもバッハはほかに83,125,158,161,200番の6曲を作っている。
この日の聖書箇所生後八日がすぎて、子を聖別するためにエルサレム神殿に詣でた時、/主に会うまでは死なないといわれていた老人シメオンに会い、シメオンは幼子を抱き、神をたたえた。/
この個所から、/シメオンと共に生きる喜びを知り
彼と共に去りゆかん・・・/という言葉か歌われている。
第3曲/まどろめ、つかれたまなこよ /は最も親しまれたバスのアリア。フェルマータによって何度も中断される<ゆりかご>のリズムが特徴を出している。

カンタータ 歌詞について

BWVブログ 歌詞作者 論文より  

小島芙美子 東京藝術大学 古楽研究科(バロック声楽)博士論文
J.S.バッハのカンタータBWV51とBWV199における技工的・劇的表現を巡ってー当時の女性ソプラノ歌手の活躍の観点からー

歌詞作者

ソロ・カンタータ・ソプラノ. 5曲
BWV199,52,82,84,51
199♪は、ワイマール、ケーテン,ライプツィヒで計4回再演されている。
BWV82は1727年来6回の再演が行われている。

ソロ・カンタータ・アルト 5曲
BWV35 54 82 169 170
ソロ・カンタータ・テノール 1曲のみ
BWV55
ソロ・カンタータ・バス
BWV56 82
ワイマール時代(1708-1717)
毎週のカンタータ作成は,福音書と使徒書簡の聖句に添った台本を手元に準備することから始めた。台本作者が確認できるのはBWV199Gottesfaliges Kirchen-opffer」(1717)
BWV84の歌詞はピカンダーChristian Friedrich HenriciPicander(1700-1764)「1年分の日曜・祝日のためのカンタータ集」上記BWV199,52,84,51は16世紀、17世紀に作られたコラール歌詞が含まれている。
(1728)
レームスの詩 10曲
BWV13,16,32,35,54,110,151,170,199,57
ーーーーーー

BWVブログ 歌詞作者 論文より 小島芙美子 東京藝術大学 古楽研究科(バロック声楽)博士論文 J.S.バッハのカンタータBWV51とBWV199における技工的・劇的表現を巡ってー当時の女性ソプラノ歌手の活躍の観点からー 歌詞作者 ソプラノ.ソロ・カンタータ 5曲 BWV199,52,82,84,51 199♪は、ワイマール、ケーテン,ライプツィヒで計4回再演されている。 BWV82は1727年来6回の再演が行われている。

フィリップ・ニコライの歌詞によるカンタータ

1.はじめに
 2.BWV1 明けの明星のいかに美しいかな、 BWV140 起きよと呼ぶ声
 歌詞と曲の成立ついて
3.ヨーロッパの疫病流行 #フィリップ・ニコライの話

1.はじめ

  カンタータとその基本になるコラールについて、それぞれ成立事情、また物語があることを知り、もっと知りたいと思った。
 ブログを作ろう。そうすれば、もっと興味が湧いて、作業する労苦が癒され、勇気も湧く。こう思って、まずフィリップ・ニコライの人物と彼の歌詞について記そうと思った。
 

ーーーーーーーーーーー

 2. BWV1  明けの明星のいかに美しいかな、BWV140 起きよと呼ぶ声

     1.
  BWV1 明けの明星の美しいかな      

1725年3月25日

マリアの祝日:受胎告知

イザヤ7:10-15(見よ乙女が孕って)
ルカ1;26-38 (大天使ガブリエルがマリアに挨拶)

第1曲の合唱は、演奏によって7分から9分台と大いに違いがある。
その違いはなんだろうか?と思った。

 わたしが初めに思った感想は、アルプスで迎えるご来光は速く、東京の夜明けはゆったりしているのだろうか?という単純なものだった。

 創立15年を迎えたスイスのトローゲンの団体は急成長して、自信に満ちた、こなれた演奏でテンポが速くなっている感がした。

 逆に鈴木雅明氏の演奏はますます丁寧に豊かな表現になるので、時間がかかっているのかなぁとか思った。 果たしてどちらだろうか。と、考えていた。

 ところが、16世紀後半を生きた歌詞の作者は、ペストによる死者が日に30人も40人も教会に運び込まれ、自身も感染して、奇跡的に生還したフィリップ・ニコライ牧師であることを知った。

その経験の中から、書き留めた、二つの言葉は、バッハによって作曲され、BWV1と140番となり、今に至るまで,最も愛され,親しまれた曲となっている。
 バッハはフィリップ・ニコライの歌詞を得て、1706年に書き始め,1725年3月の受胎告知の祝日のために作曲した。


 イエスの母マリアに焦点を当て、大天使ガブリエルが天から降りてきて、神がみ子を産むためにマリアを選んだことをマリアに告げる。フィリップ・ニコライによって書かれた。彼はBWV140の基礎となるコラールも書いている

 

 

  2.
 BWV140 起きよと呼ぶ声 三位一体27主日
1731年11月25日

マタイ25:1-13(花婿を待つ10人の乙女)
1テサロニケ5:1-13 (目を覚ませ主の日が襲ってくる)
   

最も有名で最も愛されているコラールカンタータ「起きよ」で、この曲は16世紀後半のドイツで流行したペストの感染とその恐ろしい被害に見舞われた作詞作曲者#フィリップ・ニコライの悲しい物語が関係している。彼は奇跡的に回復した時,二つの讃美歌「起きよと呼ぶ声」BWV140 「明の星のなんと美しいことだろう」BWV1をかき、今や不滅の音楽として親しまれ,慰めを与え続けている。

第一部
第1曲合唱 町の塔から花婿到来を告げる見張りの声が聞こえる。一方、灯火を手に花婿を迎えよ。二つの全く違う音楽は天からの知らせを伝え、到来する花婿をイエスを迎える人たちによって、天と地が協奏する。
2.聖書朗唱 彼は来ます。花婿きます。(マタイ25:26)
3,二重唱 いつ来られる 4.コラール 見張りの声が テノール 
第二部 
5.朗唱  6.アリア ソプラノとバスの二重唱
7.コラール 12の門は飾られ、街は仲間たちであふれている。そして1曲と終曲のコラールは同一のメロディである。

三位一体第27主日
 この日はバッハが在任中2回だけおとづれた。

 移動祝日の復活祭が最も早く来る年に、三位一体主日は27回になり、待降節の直前となる。
 そこで本曲はイエス到来のクリスマスに備えて「起きよ,目覚めよ」と,フィリップ・ニコライのコラールが採られた。このコラールには悲しい物語があって※BWV1の「明けの明星」のコラールにも関係している.
 冒頭の有名なコラール幻想曲はソプラノと2本のホルン,エルサレムの目覚めまた、宴の準備を呼びかけ,遅れている花婿イエスの到着を備えして待っている。メロディと通奏低音の4分音符が到着の時を刻む。そして,終曲のコラールは同一のメロディで締めくくられる。

     3.ヨーロッパの疫病流行 #フィリップ・ニコライの話

 

 

「かつて、16 世紀後半、ドイツのウンナという町およびヨーロッパ中で、恐ろしい疫病ペストが蔓延しました。この流行により、ウンナの住民約 1,300 人が死亡した。フィリップ・ニコライ (1556-1608) は、ウンナの教会に着任早々自らもペストにかかり、奇跡的に生き延びた。1599年に「永遠の命の喜びの鏡」を出版し、彼が経験した永遠について語った。

 バッハはこの本の中の言葉を歌詞にし、BWV140起きよと呼ぶ声、とBWV1明けの明星のいかに美しきかなのニ曲を作曲演奏した。

参考(https://www.bach-cantatas.com/Guide/index.htm    bwv140/Bethlehem)