宗教改革記念 Mルター

 

M.ルター 宗教改革記念

 1517年 10月31日 M.ルターは、ローマ教会に対して95項目の提題をヴィツッテンベルク城教会の入り口に貼りつけた。中には献金をたくさんしたら天国に行けると言う贖宥状に何の根拠があるのかと言うような問題を提起した。これに対してローマ教会は1521年ルターを破門した。
 ルターを支持する領主たちの助けを得て、改革運動は全国に広がった。
M.ルターの著作を読んだのは大学闘争でバリケード封鎖をした神学館の自治会図書室、わたしもその仲間に入れてもらって、図書室を居場所にして、本を読み始めた時だった。農民戦争について述べた箇所で、ルターの宗教改革を激しく妨害したミュンツアーたち。彼らを、殺せ、突き刺せ、焼き尽くせと、学生運動のアジテーションさながらに、ルターは激しく言っていた。
 最近、バッハのカンタータの歌詞に、同じような言葉が出てきて、2度びっくりした。
それから200年過ぎたバッハの時代は、ルターは忘られて、形だけのルター正統派とそこから自由になりたい人たちが、せめぎ合っていたように、色褪せていました。バッハは独学で神学を学び、とりわけルターの真髄を汲み取って、音楽に表していました。そういう意味で、バッハの音楽・カンタータは100%強烈なメッセージ音楽といえます。宗教改革記念の讃美歌は、その意味で改革精神を呼び戻していたのだと思われます。

 
 

写真

#ルター#改革#バッハ

 
 

 



95箇条の提題が刻まれた鉄の扉    



ヴィッテンベルク城
この付属教会にあたる

 



ルターの館 
ここで夕食後のたわいない話のなかに真実があるという卓上語録といえばいかめしいが自由な懇談の中で語られたメモが出版されている。


博物館 ここで親しげに話しかけるドイツ人の家族がいて、彼はルターが愛用していた聖書カバーには日本の木綿が使われていることを私に知らせたかったのだが、こんなところで「木綿」のドイツ語が出てきては、ちょっと無理だったのでメモ帳に単語を書いてもらって、分かった時は元の木阿弥でした。

 

   
 

 

 

 

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